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あるある文化財VOL.199 交通安全身代地蔵尊

地蔵菩薩立像

国道207号沿いの地蔵菩薩立像(右)と芳名碑(左)

 

 白石町を南北に通る国道207号の大井(おおい)付近には、切石二段積基壇・竿石(さおいし)・蓮華座(れんげざ)の上に立ち、道路を見下ろす大型の石造地蔵菩薩立像(りゅうぞう)(以下、地蔵像)が1体あります。像容は、剃髪(ていはつ)し、衲衣(のうえ)をまとい光背をもつ僧形で、左手に宝珠(ほうじゅ)を持ち、右手に錫杖(しゃくじょう)を持つ地蔵像として典型的なものです。胸部には瓔珞(ようらく)と呼ばれる装飾が施されています。竿石部分には、以下の文字が刻まれています。(実際は縦書き)

 

(正面)

 交通

身代地蔵尊

 安全

(右側面)

白石新四国信者一同

昭和三十七年五月吉日 建立

(裏面)

白石町廿治

  石工 梶原栄作

      当年七十五才

  仝  梶原 繁(※仝は「同」の異体字)

 

 文面から交通安全を願って、今から60年前の昭和37年(1962)に建立されたことが分かります。なぜ、この時代に、そしてこの場所に地蔵像が建てられたのでしょうか。同年5月26日(土)の佐賀新聞に、この像に言及されている記事がありますので以下に紹介します。

 

 身代わり地蔵を建立

  白石新四国信者が国道に

 白石新四国信者(代表者東島三九郎氏)は交通事故の多い白石町大井の国道ぞいに交通安全身代地蔵尊を建立し、二十四日午前十時から関係者百人が出席して入魂式と犠牲者の慰霊祭を行なった。この国道ではたくさんの犠牲者を出し魔の国道といわれているが、白石新四国信者たちが浄財を集め、工費十八万円で三メートルの石台上に一・八メートルの地蔵尊が国道を走る車をじっと見守っている。

 

 地蔵像を建立した団体「白石新四国信者」とは、明治時代に大戸(おおと)村(現:大戸区)出身の喜多和十(きたわじゅう)氏が大世話人となり、当時の各村(現:白石町)一帯に八十八ケ所の札所を設置した「白石新四国八十八ケ所(しろいししんしこくはちじゅうはちかしょ)」を運営する信者団体のことです。白石新四国八十八ケ所については、本紙第170号・第171号で取り上げています。

 紙面に工費18万円とありますが、昭和37年の東京都の公立小学校教員の初任給は12,900円だったことからも、当時としてかなりの金額だったことが伺えます。さらに紙面から、国道207号が「魔の国道」と呼ばれ交通事故が多発していたことが分かります。

 日本の交通事故の件数は、戦後の急速な復興と経済成長に伴い増加の一途を辿っており、昭和34年(1959)には、交通事故による死者が10,079人と1万人を超え、この状況は「交通戦争」と呼ばれ社会問題となりました。佐賀県内においても、交通事故件数・死者ともに増加しており、昭和35年(1960)に交通事故による死者が111人、地蔵像が建立される前年の昭和36年(1961)には死者が122人といずれも100人を超える状況でした。

地蔵像の傍には、建立の趣旨に賛同し寄付を行った多くの方の名前と金額が刻まれた芳名(ほうめい)碑があります。注目される点として、「賛助者」欄に以下の名前が刻まれています。(実際は縦書き)

 

 警察署

 白石町長 白武 初次

 有明村長 木下 文男

 福富村長 古賀 説一

 

 また、芳名碑の基壇正面には、「壱万円 白石町/五仟円 有明村/参仟円 福富村」と自治体名と寄付の金額が刻まれています。有明村は、地蔵像の建立された年の10月1日に有明町(ちょう)に、福富村は、その5年後の昭和42年(1967)4月1日に福富町(まち)となり町制に移行しています。

 以上のことから、地蔵像について3点のことが指摘できます。(1)白石新四国信者が、交通安全と交通事故死者の慰霊を目的に、交通事故が多発し、当時「魔の国道」と呼ばれていた国道207号沿いに地蔵像を建立したこと。(2)白石新四国信者は、旧3町村(白石・福富・有明)に存在し、またその札所も旧3町村一帯に存在したこと。(3)地蔵像の建立が、「交通安全」という、社会的・公共的な目的であることから、賛助者の名に、札所が存在する旧3町村の首長、警察署の公的機関の名が挙がっていること。

 地蔵像建立後も、残念ながら交通事故の増加は続きます。交通事故による死者は、全国で昭和45年(1970)、佐賀県では昭和46年(1971)に頂点に達したのち、減少が続き、令和2年(2020)では、佐賀県内の死者はピーク時の約5分の1にまで減少しています。これは、県民の交通安全意識の高まりや道路整備の進展、自動車の安全技術の向上などが挙げられます。現在、多数設置されている信号機ですが、昭和39年(1964)2月末時点の佐賀県内の信号機の設置数は、県内全体でわずか23基、現白石町地域は0基でした。

 夕暮れ時は、交通事故が発生しやすい時間帯です。自動車を運転される方は、早めのライト点灯を、歩行者の方は、反射材を着用するなど、町民みんなで交通安全意識を高めていきましょう。

 

※交通量の多い国道沿いのため、見学される際は十分ご注意ください。

 

<参考資料>

警察庁HP「令和2年中の交通事故の交通事故死者数について」令和3年1月4日

佐賀県警察本部 佐賀県交通安全協会『交通安全統計』昭和36・37・38年度

佐賀新聞「身代わり地蔵を建立」 昭和37年5月26日 朝刊

『物価の文化史事典』展望社 平成20年

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このページに関するお問い合わせ先 生涯学習課 生涯学習係 電話(直通):0952-84-7129

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