水堂安福寺と霊水

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水堂安福寺と霊水

奈良時代の聖武天皇の頃(在位724-749)、杵島山に若い猟師が住んでいました。ある夏の日、猟師は山の中で一匹の白鹿を見つけ、矢を射ました。矢の当たった鹿は金色の光を放って消えてしまいました。不思議なこともあるものだと思いながら、鹿が姿を消した跡を探すと、さっき放った矢が小さな石の観音像のお腹に深々と刺さっており、その穴からきれいな水が流れ出ていました。それを見た猟師は「これは申し訳ないことをしました。観音様、今までたくさんの生き物を殺してきたこのおろかな猟師をどうぞお許しください。」と何度も何度も頭を下げてわびました。そして今までの行いを悔い改めた猟師は僧になり、法弓と名のり、山中に安福寺を建立して観音様をまつりました。
その後、400年ほどたった平安時代末期のことです。高倉天皇(在位1168-1180)が重い病気にかかり、どんな薬も、お医者様の手当も効果がなく、みんな困り果てておりました。ある夜のこと、天皇の夢枕に「九州肥前の国(今の佐賀県)の日輪山というところに霊水がある。それを飲めば病は治る。」と観音様のお告げがありました。
早速、平重盛公に「霊水を探してくるように」との命令が下りました。重盛公が持ち帰ってきた霊水を高倉天皇に献上したところ、本当に病気が治りました。天皇は病がよくなったお礼に、安福寺境内に七堂伽藍(七つの大きいお堂)と六十六坊(六十六の坊(寺))を建てました。
この「霊水」は今でも飲むことができ、無病息災に効き目があると言われています。毎年旧暦の4月15日から7月15日までの3ヶ月間だけわき出すそうです。この期間は、近郊近在の人々のお詣りでにぎわいます。
《 案 内 》天台宗天台密教寺院として平安時代に創建。奈良東大寺二月堂の『お水取り』と似ている行事。

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