縫ノ池と湧水

国道207号線から武雄北方方面へ3km程です。
田園の中でわかりにくいかもしれません。近くに看板も立っています。

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縫ノ池と湧水

今から400年ほど昔のある日、白石地方を支配した須古高(隆)城主、平井経治は、大勢の家来を引き連れて鷹狩りに出かけて行きました。しばらく行くと、川津の池にまるまると太った一羽の鴨が浮いているのが見えたので経治は喜んで鷹を放ちましたが、鴨を捕まえた鷹は、そのまま池の中に現れた大きな渦に吸い込まれてしまいました。
ちょうどその時、経治の叔父でこの地域を納める縫殿助(介)治綱が通りかかり、事情を聞くと迷わず池に飛び込みました。しかしいつまでたっても治綱は水の中から上がってきません。船を出して池の中を探しましたがどこにも姿がありません。すると、突然どこからともなく「祈祷だ。祈祷だ。」という声がしたので経治は早速祈祷を行いました。その祈祷が終わるころ、水中から鷹が飛び立ち、治綱が浮かんできました。いったい何があったのかと聞かれた治綱は、「池の底にはとても豪華な宮殿があり、美しいお姫さまが音楽やごちそうでもてなしてくださいました。そして「私はこの池の弁財天だ。領主の経治は領内の神仏を敬わず、無意味な殺生を続けている。今日のことは私が経治に神仏の力を見せるために起こしたのだ。これからは心を入れ替えて信心するように伝えなさい」と諭され、水面まで送ってくださったのです。」と答えました。
それ以来、この池は「縫殿池」と名前をつけられ、捕らえた鳥や魚を供養し、また逃がしてやる放生会を行う池になりました。これが現代の「縫の池」です。
郷土の人に愛されてきた「縫の池」の湧き水は、残念ながら昭和33(1958)年に一度干上がってしまいました。農業用水確保のために大量の地下水を汲み上げたことが原因だと言われています。
ところが、灌漑用、飲料水用の地下水汲み上げがなくなった平成13(2001)年4月頃から、また清水が出始めました。水質検査の結果、「飲料水に適合」という結果がでました。 湧き水の復活は新聞や口コミ等で広まり、地域の人たちはもちろん、町内外から湧水汲みの人が絶えません。
地区住民の皆さんが復活を契機に、「縫の池」の原風景を取り戻そうと保存会「縫の池湧水会」を平成14年に結成し、清掃活動や茶会等を行い地域の宝である「縫の池」を大切に守っています。また「縫の池釣り大会と魚の観察会」・「キャンドルナイト」などが地区民総出で行われ、平成22年6月には、サガテレビが主催する「佐賀環境大賞」を受賞しました。

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